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きょう会社最後の日。朝、紀伊國屋売店で15枚いりはちみつ煎餅二袋かう。しめて千七百円ほど。
朝来ると、まさか、そんなこと予想だにしていなかった、もと聴覚の若い女性リーダーが、プレゼントを机においている。
わかく、聴覚で、コミュニケーションが上手くいかず、最初につまづいたひとだ。
1日ソフトのアンインストールなどで、いつものレシート検閲はできない。色黒で男らしいkさん、樹木希林の旦那みたいなg3さんに、今日さいご?と、声かけられる。
隣の聴覚女子二人とは昼食することになっているが、昨日はちり紙を一枚ちょうだい、と軽いコミュニケーションのつもりで借りたら、うるさそうに(もう、四回目ですよ。自分で持ってきてね)といわれる。笑って謝ったものの、あまりのせちがらさに、そんなに気に入られてないのかと呆然とした。送別会といっても、私の分を払うとは、あの二人の今までの行動からいってもおもえないな、と思ったが、一応、三人ブラス一人で加わることになった、cさんの分も300円程度のお菓子を買っておいた。
昼に行く前コンビニで、悩んだ末、リーダーにお礼に800円ぐらいのリップを買った。なにかお返ししておかなくては、と思った。
後に挨拶にいくのがちょっと憂鬱だった。グループがわかれてから、いちども話してない。
お昼のステーキ屋では、やはり二人とも送別会とは名ばかりで、二人で手話でべらぺら話し、仕方なくcさんと気を使いながら話を盛り上げようとするのだった。
最後何故かまた、男で呼ばれた側のcさんがわたしの分をはらうというが、甘えない私であった。
でも、友達もなくやめていく私に、お昼食べようといってくれるだけで有難いと思おう。
最後はコツコツと、レシート検閲の応募数を、誰に頼まれた訳でもなく記録した表の締めくくりをし、メンバーに挨拶とともにおくる。
リーダーは尊敬していたがほとんど口を利いたことはない。挨拶もろくにしていない。お礼の気持ちが伝わればいいと思った。
隣のとなりの聴覚女子が、隣の聴覚女子が出そうとしている、これはどうよ?という文のお別れの言葉メールを転送してきて、どう思うか?直してやってくれ。という。添削までして反感をかうのもばからしいが、最後だし、愛をもって直しておくってやった。初めて文章についていろいろ指摘した。素直にありがとうございますと、返事が来た。
流石に同じ部屋の同僚たちに拝啓、草々はないだろう。
帰る一時間でぐらい前に、もとデザイングループの三人が送別の品を持ってきた。(私達、同志だから)といった。きょう1日元気だったのに涙が出た。
隣の聴覚女子が、つられて泣き出して、ちり紙をくれた。(五枚目だよ。もらっていいの?)といってやった。そのあと、なんと、あと五枚もくれるのであった。
かえりは、まだ涙乾かない顔で、きょうが最後になる埼京線渋谷駅のホームから、赤らんで行く空を眺めていた。
すると、偶然にも斜め前の電車の出口から、私を会社にいれた人と、やめるのを止めて結局は辞めるように仕向けた人が降りてきた。
わたしはスッキリと笑顔だった。むこうも笑顔で、いま、終わり?ときいてきた。
はい。きょうが最後の埼京線です。今。詰め込まれます。と言って握手までした。じゃ、と、満員電車に飛び乗る。
さあ、あしたからどうしようか。
朝来ると、まさか、そんなこと予想だにしていなかった、もと聴覚の若い女性リーダーが、プレゼントを机においている。
わかく、聴覚で、コミュニケーションが上手くいかず、最初につまづいたひとだ。
1日ソフトのアンインストールなどで、いつものレシート検閲はできない。色黒で男らしいkさん、樹木希林の旦那みたいなg3さんに、今日さいご?と、声かけられる。
隣の聴覚女子二人とは昼食することになっているが、昨日はちり紙を一枚ちょうだい、と軽いコミュニケーションのつもりで借りたら、うるさそうに(もう、四回目ですよ。自分で持ってきてね)といわれる。笑って謝ったものの、あまりのせちがらさに、そんなに気に入られてないのかと呆然とした。送別会といっても、私の分を払うとは、あの二人の今までの行動からいってもおもえないな、と思ったが、一応、三人ブラス一人で加わることになった、cさんの分も300円程度のお菓子を買っておいた。
昼に行く前コンビニで、悩んだ末、リーダーにお礼に800円ぐらいのリップを買った。なにかお返ししておかなくては、と思った。
後に挨拶にいくのがちょっと憂鬱だった。グループがわかれてから、いちども話してない。
お昼のステーキ屋では、やはり二人とも送別会とは名ばかりで、二人で手話でべらぺら話し、仕方なくcさんと気を使いながら話を盛り上げようとするのだった。
最後何故かまた、男で呼ばれた側のcさんがわたしの分をはらうというが、甘えない私であった。
でも、友達もなくやめていく私に、お昼食べようといってくれるだけで有難いと思おう。
最後はコツコツと、レシート検閲の応募数を、誰に頼まれた訳でもなく記録した表の締めくくりをし、メンバーに挨拶とともにおくる。
リーダーは尊敬していたがほとんど口を利いたことはない。挨拶もろくにしていない。お礼の気持ちが伝わればいいと思った。
隣のとなりの聴覚女子が、隣の聴覚女子が出そうとしている、これはどうよ?という文のお別れの言葉メールを転送してきて、どう思うか?直してやってくれ。という。添削までして反感をかうのもばからしいが、最後だし、愛をもって直しておくってやった。初めて文章についていろいろ指摘した。素直にありがとうございますと、返事が来た。
流石に同じ部屋の同僚たちに拝啓、草々はないだろう。
帰る一時間でぐらい前に、もとデザイングループの三人が送別の品を持ってきた。(私達、同志だから)といった。きょう1日元気だったのに涙が出た。
隣の聴覚女子が、つられて泣き出して、ちり紙をくれた。(五枚目だよ。もらっていいの?)といってやった。そのあと、なんと、あと五枚もくれるのであった。
かえりは、まだ涙乾かない顔で、きょうが最後になる埼京線渋谷駅のホームから、赤らんで行く空を眺めていた。
すると、偶然にも斜め前の電車の出口から、私を会社にいれた人と、やめるのを止めて結局は辞めるように仕向けた人が降りてきた。
わたしはスッキリと笑顔だった。むこうも笑顔で、いま、終わり?ときいてきた。
はい。きょうが最後の埼京線です。今。詰め込まれます。と言って握手までした。じゃ、と、満員電車に飛び乗る。
さあ、あしたからどうしようか。
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