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自宅で軟禁中である。ネットでコロナの検索ばかりしている。
もともとテレビはほとんど見ないので、情報はインターネットで得ている。時たま、テレビの報道はどうだろうと思ってみると、意外に危機感がない雰囲気。東北大震災の時は国内の死者が多いので、番組に自粛ムードが感じられたが、今回は一番人が死んでいるのはまだ外国なので、特に自粛ムードはなく、相変わらず、阿部のマスクだ、小池人気取りだとか政府の悪口ばかり言っている。
私はiSP細胞でノーベル賞を取った尊敬できるお医者さん、山中伸弥のコロナ解説や、山中さんの発信する情報と、政府の情報を中心にみている。
https://www.covid19-yamanaka.com/index.html
山中さんのコロナに対する解説は、3月の初めから今に至って、だんだん緊迫感を強めていて、日本だけが、今、恐ろしいことになっているほかの国のようにならないという理由はみあたらないと言っている。人間が正しい行動をとれば、1年かけてでも勝てる可能性がある、とは言い続けている。
そんな中で、軟禁中の野外運動と言い訳しながら、友達と二人で近くの川べりのベンチで花見をした。姉のいるフランスなら、許可書が必要で、一時間内運動のためなら許されるが、実際酒など飲んでいるのだから、罰金を取られる行動だ。
ぽかぽか陽気で、点々とあるベンチでは、数人が静かに花見をしている。
まさか、こんなことになるとは思わなかった、とか、世界はきっとウィルスで変わるとか、明日はどうなるかわからない身の儚さを、葉桜の下で話した後、じゃ、と道で分かれ、久しぶりに国領のイトーヨーカドーに入った。
すると、いまの話は何だったのか、という別世界だった。
マスクこそしている人がほとんどだが、イトーヨーカドーは普通の幸せな週末の真っただ中だった。人でごった返している。買いだめ?買い込み?いや違う。物は豊富にそろっている。トイレットペーパー、ティッシュ。一時競って買われた紙が充分の量、山積みになっている。でも、この近日、誰もが生活必需品をそろえただろうに、まだまだ買うものが沢山あるのだろうか。
自分は今、友達と川べりで飲んでいたのだから、全く非難はできないが、これはやばいよ、と思う。
家に帰って、山中さんの新情報で、感染者0に抑えたという中国南京の動画を見る。まるで宣伝用フィルムのような不気味さはあったが、山中さんが勧める動画だから事実なのだろうと思う。中国だからできることかもしれない。
https://creators.yahoo.co.jp/takeuchiryo/0200056742
https://creators.yahoo.co.jp/takeuchiryo/0200060330
日本は唯一の非常事態宣言があるが、この切り札には、人を拘束する力がほとんどない宣言だという。今日、東京一日の感染者が100名を超えた。
https://www.msn.com/ja-jp/news/coronavirus/小池知事「命が関わっている。不要不急の外出控えて」-東京感染者、新たに118人/ar-BB129S8I?ocid=spartandhp
特に宗教もなく、人様の迷惑にならないように、という言葉で秩序が保たれている日本。でも、この非常時、それだけで大丈夫なのだろうか。今は、国内で批判しあっている場合ではないのではないか。PR -
『オリンピック延期』。
ついこの間、4週間の猶予を、と言っていた二日ほどの間に、急転直下。延期が決まった。
1週間ぐらい前から、もし延期になったら…という相談をずっとドンとしていた。
『もしダメだったらと考えると、意気が落ちるから、オリンピックがなくなってもやる方向で行こう。』と私が言うと、『いや、縮小したほうがいい。どちらか一日にしよう。』とドンは言った。
それは、ドンの最初からの意見だった。1300キャパのホールはほんの5分程で決断してくれたドンだったが、2回やることに関しては最後まで反対していた。そこを説得して今回の企画になったのだ。
『オリンピックの時に、日本の音楽を。』
このテーマがなかったら、大きなコンサートを開こうとは考えなかった。このテーマが全く知名度もない私にも、何か特別で奇跡的なチャンスを与えてくれるのではないかという希望を感じていた。
オリンピックがないのに、オリンピック期間前後に2回開催しても仕方がない。これが一つ目の結論。
次の選択はオリンピックの延期に合わせてもう一度リベンジするかどうか。
たづくりで2回やるということが当初の計画だったのだし、たづくりで1度やって、来年本当のオリンピックでもう一度やってはどうか。とドンに言った。
『なおちゃん、すごいね。』ドンにそんなことを言われたのは初めてだった。『すごいけど、次のことを考える必要はないよ。自分も来年やれるかといわれると、自分はわからない。』実際、考えると、私自身、もうこれ以上失業状態を続けるわけにはいかない。
また、今面白いメンバーが集まり、いいものができ始めている。幸いにして早めに練習を開始したため、たとえコロナで一人一人が引きこもったにしても、録音して都度共有したこともあり、やるべき課題ははっきりしている。
このメンバーを来年また集めるのは難しい。リベンジは考えない。これが二つ目の結論
次の選択は、ひとつにするなら、どちらの会場にするか。
イメージできるし、手が届きそうなのはたづくりだ。もし2回やるとしてもたづくりが理想。しかし1回だとしたら?そして、取材を自らもちかけ、集客に必死になったあのエネルギーを生み出したのはなんだったか?
私は思い出す。夜の3時に家を出て、4人の友達に電話を頼み、たった一日突然空いたグリーンホールを取った日のこと。取れました、と赤毛の受付嬢が言った時の感動。
そういうわけで、以下の文章をホームページに掲載することにした。
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”コロナの速やかな終息と、世界の平和と秩序が戻ることを祈ります。”
オリンピックは延期になりました。イベントは軒並み中止になっています。
オリンピックの機会に「日本の音色」を奏でることで、調布から平和の祈りを世界に発信する、という夢をもって始めたこの企画です。
イベント中止は考えていません。 この企画でつながり始めた人の縁を大切にして、今しかできない方法を模索していきたいと考えています。
日程は7月23日(木・祝日)のみの開催に変更いたします。
まえだなおこ・福原幸三郎 -
打・GAKUDAN四季の本番までの練習はあと7回。つなげてみると一週間だ。
相変わらず皆はマイペース。そんな中、真剣に練習をしている人がいる。しんちゃんだ。
今までは舞台の上でただリズムをとるだけだった。今度は初めて舞台で音を出す。長い付き合いのOT本間先生作成のソフトを使い(しんちゃんにでてもらおう2「本間先生」)、舞台で『荒馬の夢即興曲』のなかで、馬が風を切って走る音「ウィンドウチャイム」を担当する。また、しんちゃんが一日中聴いている四季のレパートリーの中でも、一番四季の代表と言っていい曲、『盆踊り』の太鼓を担当する。
荒馬の夢即興曲は、ドンと何度もやってきたが、今度は四季の新曲として四季のパーカッションを入れて演奏します。トラックレコーダーで地道にデモ音源を作りました。
盆踊りには楽器のソロパートを順番に演奏するくだりがある。ここでしんちゃんのソロが舞台に響く予定だ。
パソコンは本間先生から借りたノートパソコンで、ウィンドウズを起動するためのスライドボタンがついているといえば、かなり古いことがわかる。操作を長くしないと前の画面に戻るという不具合がある。
しんちゃんのお母さんは病気の上、介護や家の仕事で恐ろしく忙しい。お父さんは障害がありパソコンを取り出すということだけで相当な時間がかかる。そこに、強力な助っ人が現れた。鶴さんだ。
鶴さんはしんちゃんのために太鼓型の武器を作成した。実際はシルバーの二つの電極を反応させて音を出すのだが、しんちゃんの指はほんの少ししか動かない。この動きで何とか音をパソコンから引き出さねばならない。
鶴さんは、実は江戸川区に住んでおり、しんちゃんのヘルパーは金曜日なので四季の練習の土曜日は仕事はない。でも「しんちゃんの力になりたい。」そうだ。OTの本間先生はしんちゃんが、舞台で演奏すると思っただけどぞくぞくする。といった。
慎ちゃんの病気は福山型筋ジストロフィーで、小さい頃に20までは生きられないといわれたが、今とうに30を超え、沢山の人に愛されていることがわかる。
最後に鶴さんが、持ってきたクラリネットをしんちゃんに演奏して聴かせた。
そうだ。鶴さんにも最後のハッピーに参加してもらおう。 -
昨年の7月に大きな会場を借りてから、ずっと、コンサートの準備に没頭している。
もともと、音楽グループの末端で、なにか演奏があるたびについて行って演奏するぐらいしか趣味もないし、人はあまり得意じゃないので、何事も出しゃばらず、お誘いいただけば有難く演奏するけれど、特になんのお世話もしないというスタンスでやってきた。
今回、主催になって、自分の演奏だけでなく、全体を見なくてはならなくなっての進化は自分で言うのも何だが、大きい。
演奏するにあたって、
人の音と自分の音を演奏しながらすべて聴く。
楽譜・録音などで、正確に人に伝える。
共演相手と会わせるため、呼吸が伝わるように工夫する。
相手の音の見せ場は邪魔をせず、音を抑える。
音響について考えながら編成を考える。
テンポを統一する。
時間を意識する。
etc…こんなことは音大を出た人には入門編だろうが、今まで一介の素人グループの末端で、人の演奏の良し悪しについて、注意を向けたところで何も変える力はないので、人の音に集中してこなかった。ああしたい、こうしたいが生まれないようにしたほうがいい気がしていた。しかし集中してみると、何かを変えなくてはいけない。いろいろな人に意見を聞いたりして逃げたりするが、纏まりがつかないので、私が決めないといけない。
頭をぺこぺこ下げながら、なんとか大声を出して合図を出したり、手をたたいたり、説明したりするようになってきた。
いつも相手に任せていた合図も出し、テンポを合わせるために大げさに体をふってみたりする。
打・GAKUDAN四季主催のドンはいつもリーダーなので、いつも演奏では前に立ってより派手にアクションしているが、自分は太鼓の掛け声さえ恥ずかしかった。『どうしたら、恥ずかしくなくなるんですか。』と聞いたことがある。そしたら、『リーダーになればいいんだよ。』と言われた。
その一言、ずっと忘れていないが、確かにリーダーは恥ずかしがっている場合ではない。
そんなこんなで、家には箏用のA~Gまでの調子笛しかなく、キーボードもなく、楽譜の記号もよくわからない私が、最近はスマホで、500円でコーダナコンポーザーというアプリをいれて、スマホの小さな鍵盤で短い楽譜を作り、今度はそれをパソコンに入れた楽譜作成ソフトに入れて音を重ねていって楽譜を作り、ドンに貸してもらったトラックレコーダーで、コーラス隊に歌ってもらいたい4部コーラスを録音した私の進化を見てください。 -
みんなが引きこもっている。コロナのせいだ。
たいていの日本人はワーカホリックなので、じっとしていることに罪悪感を感じて、理由を見つけては無駄に動かないと気が済まない。
しかし、今回は外で動き回ることが世の迷惑になるというめったにない状況である。なにせ国を挙げて、集会を禁止し、引きこもることを推奨している。だから、いや、動きたいのにうごけないんだよ、とぶつぶつ言いながら、ようやく、静かにしているのではないかと思う。
でも、私は基本的に引きこもるのが好きなタイプなので、このような幽閉状態はな幸せですらある。仕事をしていない罪悪感からもちょっと解放されるというところだ。
だが、喜んでいる場合ではない。ドンが言うように、日本の経済がやばいというのも確かだ。
震災だとか、台風だとか、ウィルスだとか、オリンピックを控えたた日本に次々に貧乏の風が吹き荒れる。…私が仕事をしていないからという話もあるが。
昔、日本は戦争でたくさんの人の死と究極の貧乏から立ちるため、努力して平和と幸せを求めて、一時は頂点に上り詰めるほどの豊かな国になった。戦争を何十年もしなかったことで、私たちの世代は、何でも選べる自由を手に入れた。
けれど便利に。楽に。早く。と極めてふと気が付いてみると、自然を破壊し、食卓には危険なものが並び、家事労働から解放された時間で、自分は幸せなんだろうかとばかり考えている始末。
私たちの次の学びの段階は、自由に手に入るのに、手に入れないことを選ぶという段階ではないかという気がする。もっと稼げるけど休んで楽しむ。ただでくれるけど必要ないからいらない。給料は高いけれど、価値を感じない仕事はしない、買ったほうが安いけど修理して同じものを使い続ける。うーん。私には難しいことだけれど、今の若い世代は、そういった感覚を持っている気がする。
こんな風に貧乏の風が吹くとき、家から出られず、引きこもらないといけないときこそ、必要なものはそんなに多くない、ということに気が付ける時なのかもしれない気がする。
空っぽの冷蔵庫の中から探し出した一つの梅干しで、普段よく味わっていなかったご飯のおいしさに気づくこともあるかもしれない。
いま吹いている貧乏の風が、私たちをいい方向に軌道修正してくれるといいと思う。 -
ハッピーバンド、2回目にして大事件が起こった。
アレンジと指導をお願いしていたカツどんが、出演を降りてしまったのだ。
理由は『方針の違い』。しかし私のほうは方針などあるわけもなく、ただ、素人ながらベース音パートを入れたいという希望を伝えただけなのだが、ドンに言わせると『折角、あのロックをすべてアコースティックと和楽器でやるという方向で苦労して楽譜を作ったのに、原曲のイメージにこだわり続けたことに失望したんだろう。』という。
(原曲)ハッピー
取り残されてみて、なぜ、”アコースティックバージョン”にしなくてはいけなかったのか。ということが、2回目の練習以降、新しくはいったギタリストのユッケさんや、電気を通す楽器とセッションしてきた東ちゃんのの口から出てくる、アンプだアコギだ和楽器だ、とか、音響寺門さんの言う、反響盤だとかダイレクトボックスだとかの言葉から、少しずつ分かってきた。
(アコースティックバージョン)ハッピー
反響盤を使ってマイクを使わずに演奏することが多い和楽器と、すべてマイクやアンプなどを使う電気を使った楽器の共存はとても難しいらしい。
最後にカツどんがアドバイスをしたのは、カラオケ音源をPAで鳴らし、そこは楽器やコーラスが加われば、マイクやラインで全部拾えなくても問題ないのではないかとのこと。
それもありなのかもしれない。と、グリーンホールとたづくりにカラオケのハッピーが流れ、その中にポツンとメンバーが楽器を持って立っている姿を思い浮かべていた。
そんな中で、緊急に集まったユッケさん参加の練習が16日だった。ドンと、ギターKさんと、Kさんが連れてきた大山さんが集まった。
ユッケさんと出会ったのは調布の和楽器サークル『もくもく会』で、和楽器とセッションする中に胡弓で押しかけて一緒に演奏させてもらって楽しませてもらったことから、声をかけ、ラインで二つ返事で参加してくれることになった。お母さんが箏をやっていて、自分はギターだけれどほとんど聴き取りで演奏してしまい、五線譜は苦手とのこと。
ユッケさんは既に曲を覚えてアコースティックで、『五度なんですよ。』という音階でガンガンコードを奏でている。
ドンはノリノリで木の棚を、ドラム代わりにたたき、笛の即興を入れる。私は歌い、Kさんは『カモーン』とか言っている。
捨てる神あれば拾う神あり。でも、どちらも神だ。カツどんからは、この曲のやり方を教わった。この神たちからいいものをすべてもらって素晴らしいハッピーが生まれますよう、祈るのだった。 -
前回、赤毛の坊主になるを書いたのは10月16日だったのだなあ。
4か月以上たっている。神も伸びるはずだ。
今回は、脱色して本当の赤にしてもらった。近所で唯一行っている”iori”(庵)という美容&理容院だ。写真を持っていくと、魔法のようにその通りの髪型にしてくれる。腕がいい。
いつも切ってもらう店長はテンションが非常に低く、『iori』ってどういう意味ですか?的なことを聞いても、『ああ、あまり深い意味はないです。』と答える人だ。庵はまさにこの店長のキャラそのものである。このテンションの低さに癒されるのである。
脱色したのでかなりきれいに赤が入った。
明日から、また赤毛で走り回ろう。
店長と記念撮影! -
昨日は50歳の誕生日だった。
50年よく死なずに元気でやってこられたと、朝焼けを見ながら感謝しつつ、朝の公園掃除を終えてから、舞台監督をする予定の中さんの元奥さんのお線香をあげにいった。
帰りにあかさんに、『今日誕生日なんですよ』といったらお昼をおごってくれた。
そのあと和楽器の会に胡弓を持っていき宣伝しようと思ったが日付間違えで誰も来ておらず、もう日は沈もうとしていて、誕生日は終わろうとしている。でも誕生日おめでとうというメール1本来ない。しかしよく考えると自分も人の誕生日などまったく気にしていないことに気が付いた。
おごってくれた赤さんの誕生日も祝ったことないなあ、と考える。どこかに行こうか。誰か誘ってみようか。
さみしくて、またあかさんに連絡した。『予定がなくなりました。飲みに行かないですよね。』と聞いたら、あの出不精のあかさんが『いいよ。相撲見てからね。』といって付き合ってくれた。
そういう弱いところを見せたるは珍しい私だが、今日は本当にあかさんにたすけてもらった。
自分は人生の負け組だというあかさんを、コンサートで司会をしてもらったり、お芝居をやってもらったりしようとしていたが、耳は遠くなっているし、体力もなくなっている。そんなことはわかっていたけれど、一緒にやろうと最初は思っていた。でも、途中で常識に負けた。
まあなるようにしかならない。精一杯考えて選んだ結果だ。進むのみ。 -
1月13日。この日はコンサートで演奏する『ハッピー』バンド始動だった。
(かつドン参加。ハッピーの始まり始まり!)
キーボードor鍵盤ハーモニカ:かつどん、ギター・コーラスKさん、箏・あづまちゃん、三味線・丸さん、太鼓で角さん、そして、カホンor笛orパーカッションでドン。私はボーカル。
一度も集まったことのないメンバー。私が声をかけて始まった新しいグループだ。私は今までドンの関わるいろいろな演奏に金魚の糞のように参加し、ドンが仕切る居心地のいい場所でただひたすら自分の演奏のことだけを考えてきた。
今回は違う。ドンは参加者の一人であり、メンバーをつなげるのは自分なのだ。こんな立場に立ったことは一度だってない。そして、すべての頼りはかつどんのアレンジと指揮である。
ドンはいつもリーダーなので、皆が本当に集まるかどうか保証はないのに、総合練習の場所を用意し、その場をうまくまとめ上げ、時間内に仕上げるという作業を平然とやってきた。それを、今までと違った意味で感心するのだった。
かつどんとKさんは30分たっても来ない。かつどんには昨日電話しても返事がなかった。Kさんはメールを出したがEメールだけで大丈夫だったろうか。時間になってから慌てて連絡を取ってみる。ほかのメンバーは期待と不安の中で(?)、私のメールを頼りに既に集まっている。
そして、かつどんは、調布で徘徊して30分ほど遅れてやってきた。
髪型がバサッと、かなりラフなことになっている。もしカツどんが今日を忘れていたらどうしようという今までの不安がなくなった安堵感を隠しつつ、『かつどん!今起きばなって感じですか?』と元気に迎えたが、かつどんは、謎の『意味わかりません』の表情である。
カツどんが髪の毛をばさっと掻きあげ、バサッと取り出したのは10枚にわたる全パート+Kさんコーラス隊の楽譜だった。手描きではなく、パソコンで作成された既製品のような楽譜。ただ、中身のパートは全部和楽器である。
『じゃ、ゆっくりやっていきましょう。これは、基本的にボーカルとパーカッションが中心。キーボードメロディーを弾きません。琴と三味線でメロディーラインをお願いします。』
日本舞踊の名取でありながら、インドの巨大なシタールみたいな楽器を演奏する謎の女性、丸さん、おたまじゃくしの楽譜でジャズに箏の伴奏を入れたいあづまちゃん、二人は楽譜を受け取り、生き生きとした目をして調弦を始める。
いつも民謡の会や琴の会の演奏や荷物運びを半ボランティアでやりながら、プロで太鼓のグループを主催している穏やかな角さんは、いつもと違うリズムに、ドンに相談しながら楽譜と格闘している。しかしこの方がお面をつけて太鼓をたたき始めると人が変わるから面白い。
ドンは、さっさとカホンに乗って、叩いていたかと思えば、タンバリンに笛に、私が歌うとコーラスを入れる。かつどんは、ドンとドンの仲間と私とで、東北のボランティア演奏を一緒にやったことがあるので、心得たものだ。『ドンには、いろいろやってもらいます。』
Kさんは一時間ほど遅れて現れた。『どうもおまたせ-!』と飄々とやってきて、10枚の楽譜を地べたに並べた。眼鏡をずらして、自分のグループのためにコーラス部をさらっている。わからないことがあれば、明るく質問する。『ブレイクってどういう意味?』『ところで、ギターのうまい人しってる?』
一通り最後まで説明しながら、ちゃんと最後まで通すことができた。カツどんの周到な準備のおかげである。皆でお茶を飲みつつ、次回の練習は2月半ばに決めることとなる。音響の難しさもあるので、まずはとにかくシンプルに仕上げる。もし、これから加わりたい人が出てきたら、また、カツどんが新しく書いてくれるという。
終わった後、久しぶりにドンとかつどんと3人で飲みに行く。本番近くなったら、どこかのイベントにコラボして演奏をして宣伝をしよう、などと話した。今回のメンバーなら、調布警察前の広場でも、『演奏しよう!』と集まってくれそうな気がした。
楽譜は手描きが一番早いよ。パソコンでやると、出来上がったら便利だけど、時間は10倍かかる。とカツどんは言った。ということは、あの長い楽譜、いったいどれぐらいの時間がかかったんだろう。来た時、寝起きみたいに見えたのは、きっと昨日まで追い込みでやってくれていたんだと思った。
なんだか大きい借りが積もっていく。でも悩むよりとにかく、みんな、やってよかったと思ってもらいたいと思った。成功させたい。みんなで思い切り楽しみたい。ハッピーになるぞ!そう思えるのだった。 -
チラシ第2弾をどうするか。
1000部印刷したチラシは、いま、手元にはほとんどなくなってしまった。前回は裏表、同じ図案の日本&英語バージョンだった。今回は裏面に出し物の地図、コンサートの概要、ゲスト、内容を入れたものを最初作った。
つまり、表面は今までのチラシの図案のなかに2か国語を入れるから、情報量2倍。
そして裏面には日本人に向けた情報を日本語。まったく日本の音楽を聴いたことがない人向けの情報を英語、そして共通情報を2か国語、地図などの情報のほか、アクセスの英語ページのQRコードを入れる。
……無理やろ、それ。
チラシはパンクしてしまった。
結局裏面入りのものは4月以降へ持ち越し、せっかく作った裏面はとりあえず、ホームページに利用することにする。
4月までのつなぎとしての第2弾チラシは、前回と同じイラストにさらに情報を詰め込み、前回と同じように表裏で、日本語/英語の2バージョン。前回のものから情報量だけが増えることになる。
あとの課題は以下だ。
1、(前回の問題点のクリアとして)『ワークショップ』の宣伝を目立つようにすること。
2、(前回の問題点のクリアとして)日程を目立たせること。
3、スマホユーザー向けに、簡単にホームページに飛べるようQRコードを付ける
4、出演者の宣伝用に団体名を入れること
5、チラシを置かせてもらうため、後援を入れること
6、会場からのお達しである、販売情報、定員などをいれること。
さらにやっているうちに、日本語版には出し物のタイトル、英語版には日本の『民謡』『盆踊り』『郷土芸能』などの”キーワード”をどうしてもいれたくなってしまい、また、演目についてのイラストもさんざん探し回った末に結局、統一感の問題で自分で描くことになる。
何日もパソコンにはりついて、ついに本日、姉の英語チェックが終わるのを待つところまで来た。予定より半月遅く、印刷に回すことになる。
2千部印刷して、つなぐ。本当は4か月以前にチラシをまいてもあまり意味はないといわれているが、チラシという古典的な方法をどうしても捨てることはできないのだった。
思えば、昨年7月、職業訓練を1年やって集団就職会で入った大きな会社のデザイングループであまり評価を得られず、自己管理もできず、鬱状態で、しまいにはレシート検閲の仕事に回され、退職した私だった。
自分のコンサートのために力を振り絞って作ったチラシ。公演近くなったら、前の会社にもゲリラ的に送ってみよう。みんな、電気の消えた暗い部屋でお昼をたべながら見てくれたりするだろうか。
まだ、英語チェック、返事が来ていないが載せてみよう。