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だから、私はコンサートをすることにした。

2019年、7月、会社を辞め、オリンピック開会式前日の2020年7月23日、調布グリーンホール。 オリンピック閉会式翌日の2020年8月10日調布たづくりホール確保した。 そして2020年3月24日オリンピック延期。新型ウィルスによる集会禁止。 一生に一度の地元のオリンピックで、外国から来た方に日本の音色でおもてなしをするという企画が、未曽有の事態によって、違う方向へ。 いつも最悪に見える人生のタイミング。運命は自分にいったい何を教えようとしているのか。 たった一人の音楽パートナードンとドンキホーテのように無鉄砲な企画に立ち向かう名もなき車いす。空を飛べるか。

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特にさみしい昨日
昨日は50歳の誕生日だった。


50年よく死なずに元気でやってこられたと、朝焼けを見ながら感謝しつつ、朝の公園掃除を終えてから、舞台監督をする予定の中さんの元奥さんのお線香をあげにいった。

帰りにあかさんに、『今日誕生日なんですよ』といったらお昼をおごってくれた。

そのあと和楽器の会に胡弓を持っていき宣伝しようと思ったが日付間違えで誰も来ておらず、もう日は沈もうとしていて、誕生日は終わろうとしている。でも誕生日おめでとうというメール1本来ない。しかしよく考えると自分も人の誕生日などまったく気にしていないことに気が付いた。

おごってくれた赤さんの誕生日も祝ったことないなあ、と考える。どこかに行こうか。誰か誘ってみようか。

さみしくて、またあかさんに連絡した。『予定がなくなりました。飲みに行かないですよね。』と聞いたら、あの出不精のあかさんが『いいよ。相撲見てからね。』といって付き合ってくれた。

そういう弱いところを見せたるは珍しい私だが、今日は本当にあかさんにたすけてもらった。

自分は人生の負け組だというあかさんを、コンサートで司会をしてもらったり、お芝居をやってもらったりしようとしていたが、耳は遠くなっているし、体力もなくなっている。そんなことはわかっていたけれど、一緒にやろうと最初は思っていた。でも、途中で常識に負けた。

まあなるようにしかならない。精一杯考えて選んだ結果だ。進むのみ。
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