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味の素スタジアムに「日本の音色」のチラシを置いてもらおうと一人でスタジアムに車で乗り込む…つもりだった。
入口がどこかさえ分からない巨大な建物の周りを車でぐるぐる回り、入口らしきところに入ろうとしたら警備員さんに、電話でアポしないとと入れません。と言われる。テロへの警戒などもあるし、ラグビーワールドカップが始まってしまえば競技場は、入場券でも持っていなければ中に入れなくなるんだと実感した。
プールのある方の武蔵野スポーツセンターの方に入り、どこかつながっていないだろうかと物色してみて結局、どうしても味の素スタジアムにアクセスできず、あきらめて帰る前にぶらりと、屋上によってみる。
最近肌寒くなり、夏の暑さはすっかり薄らいでいる日中だが、屋上は全く日を遮るものもなく、全身にストーブを浴びているような暑さだった。調布の街が一望できた。暑い中、奥の方まで突っ切ってみると、ソーラーパネルが並んでいた。
建物の電力をソーラーで発電しているようだ。
焼死にそうな暑さの中、これのエネルギーを利用しない手はないよなあと思う。
日本人は世界で唯一、原子爆弾を落とされているのに、なぜ原発にこんなに頼ってしまったのだろうと思う。このたった一人に浴びる太陽の恐ろしいほどのエネルギー。これを、真剣に研究していれば、今頃はもしかしたら、石油など必要なくなっていたかもしれない。日本の技術力でできないはずはないよね?
私が学生時代、原発は平和利用のシンボルで、同じエネルキーを→核兵器となれば悪、→原子力発電となれば、善だと学んだ。危険なイメージはなく、クリーンで平和なイメージしかなかった。
でも、一度分裂し始めたら、人間の力で止めることができないエネルギーって、悪じゃないの?
今は世界中の知恵があっという間に集結できる時代だ。この、惜しげもなく与えられている太陽というエネルギーを生かして、皆が平和に、資源を奪い合うことなく、便利に生きてゆけるような世界になりますように。PR -
Nさんのバンド演奏を聴きに行った。平和まつりのプログラムだ。今日も「しびんちゃんの歌」は絶好調で、「銀色のランナー」、で車椅子で突っ走り、最後は皆で平和の歌「ケ・サラ」の合唱。(私は時間が押して最後まで聴けなかった。)
Nさんは同じ車椅子で、進行の遅い筋ジストロフィーのミュージシャン。
正直、そんなに歌はうまいわけではないが、ハートがあって、その場を暖かくする。いつもすごいミュージシャンに囲まれている。
Nさんに、なんで、そんなにすごいミュージシャンが集まってくるんですか?と聞いたら、「なんか、僕が可哀想に見えるからじゃない?」と身も蓋もないことを言う。
ダジャレを言いながら、しょっちゅうヘルパーさんといっしょに日本全国を旅して、小学校でコンサートを開いたりしながら、全国のうまものとうまい酒にありついている謎の人物だ。でも、平和についてはちょっとうるさい。
憲法9条を守るのは、死んだ母ちゃんとの約束だと言っている。
以前、Nさんが、私の参加している打・GAKUDAN四季を平和コンサートに誘ってくれたことがある。憲法9条を守るコンサートということだったが、メンバーのすべてが賛成しなかったので、結局没になった。当の私も、平和を守ってきたのは9条ではなく、日本人自身だと思っている。
Nさんに言われたことがある。
戦争が始まると、一番ひどい目に合うのは僕たちだよ。人ごとじゃないよ。
確かに、今は日本は平和なので、障がい者が威張っていられる。周囲にも障がい者には親切にしなければ、という強迫観念すらあるように見える。でもそれは、今の時代がいかに平和であるかという証拠なのだろう。
舞台の上で、反対を叫んで熱く政治反対演説を繰り広げる人の後ろで、Nさんは、ゴージャスなメンツとともに、出番までぼんやり待たされていた。時間は明らかに押しているが、熱弁はとどまるところを知らない。ふと振り返ると、少ない観客の誰一人聴いていない。
この場面ひとつとっても平和やなあ。と思う。
私も障がい者なのでなにか平和運動をした方がいいのかもしれない。けれど、やはり真剣になれない。眠たくなってしまう。
だって平和だから。
私は日本の今ここに平和はあるよ、と言いたい。オリンピックで外国に見せられるものはそれだと思う。いろいろな事件はあるけど、車椅子の私が生かされていて、威張って自分のやりたいことをやらせてもらっている。
中国にサークルで行って太鼓を叩いたとき、中国の市長が、車椅子の私が皆と一緒に来て太鼓を叩いているのを見て感動していた。今度は、こんなしょうもない私がコンサートを主催できる、日本の平和に驚いてもらいたい。 -
「君が代か…。歌いたくないなあ。」
思った通りの反応だった。
君が代を音楽として聴かせるものにする秘策を考えた私は、地元では有名な、Kさんに相談した。
Kさんは、太鼓のグループ、合唱団のグループを従え、沢山のグループと交流があり、大きなホールを満員にし、舞台での出し物すべてを中心になって引っ張るオールマイティーでカリスマ性のある芸能人だ。とうに70は超えているが、大きな会社で最後まで会社員として勤め上げ、働きながら芸能活動に勤しんできている。60歳の時には大きな還暦コンサートを行い、そのDVDをドンに借りてみたことがある。沢山の人に芸能の楽しさを味わわせるというのが彼の宿命のように見える。
つい三日ほど前に、私の団地の障害者施設の野外発表会で、一人で奮闘する姿を見たばかりだ。
何をやっても着実にこなす方だが、今回は合唱団のリーダーという部分で、助けてもらいたいというのが私の交渉内容だ。昨日勇気を出して電話でアポイントをとっている。
前回満員の彼の太鼓グループのコンサートで、公演終了後に人が減るのをまって、仮チラシを渡した時に「何かいっしょにできるといいですね。」と言ってもらったのを頼りにしている。その時のチラシのことを、電話で「ここに貼ってますよ」といってくれていた。
合唱団の練習が終わるまで、入口のベンチで待っている私は今までで一番途方に暮れた気持だった。コンサートでの一つ一つの作品はこじんまりしていて、どれもがパンチにかけるので助けがほしい。しかし、人に手伝ってもらうからには、そのグループの単独の見せ場を作る必要があるだろう。しかし今回、プログラムはぎっしりで、頼むのはただ、3つほどの出し物でコーラスを入れてもらいたいという要望だ。
また、この件に関し、ドンは「Kさんは無理だよ、」と一蹴した。歌ってくれと頼む曲は、ドンでも引いている君が代である。Kさんはまさに君が代を好きだとは思えないタイプの方なのだ。
練習が終わり、稽古場からは予想以上の沢山のかなり年配の方が多い合唱団メンバーが帰ってゆく。私は全身から出そうになる居心地悪いオーラを、深呼吸で吹き払いながら待っている。
Kさんが出てきた。
「あら、そうだったね。打ち合わせしましょう。」
私は企画をはなし、「君が代」という言葉をなるべく出さないようにして、私が稽古場でこつこつ一人で録音した5重合唱を聴かせた。
黙って聞いてくれた。
「なんで、歌うの?」
「オリンピックでコンサートするなら、歌いたいという夢なので。私はオリンピックで金メダルを取る能力はないですが…。」
「歌で金メダルをね。」
なんでもにこやかに聴いてくれる。
君が代は歌いたくないなあ、と表明した上、かつ、他のプログラムがぎっしりでグループの演目を入れる隙がないということも、気になったようだがそれは当然である。他の演目として観客と一緒に日本語と英語で歌う演目と、最後のカーテンコールのハッピーのコーラスをお願いした。どれも歌い手に困っているというこちらの都合だ。
私的には、どれもうまくやれば、面白いものになると思うので、そのためには演者がのびのびとやれるように口を出さずに任せていかなくてはいけないと考えている。なにせ相手はKさんである。
「わかりました。検討して連絡します。」
有能な会社員のように、スマートに立ち去って行った。
こちらは神頼みのような気持だった。よく勇気を出してやった、と自分をほめてみる。人事を尽くして天命を待つ。かな? -
以下の画像で裏表印刷に頼んだ。できたところでファンで盛り上がる調布のラグビーファンゾーンに置くつもりだ。
それ以降の手段まだなし。
せいらの鬼面太鼓、雅楽多の阿波踊り、打・GAKUDAN四季の四季の調べで表現する四季、そして海をテーマにした芸能が多い(砂山、磯原節、炎陣(鬼面太鼓)、北海民謡、八丈・青ヶ島太鼓など)ことから、こんな絵になった。
英語バージョンを訳してくれたのは二人の姉たち。フィリピンの英語講師の意見を聞いてもらったところ、いいとは思うが子供向けに見えるとのこと。
姉は、日本人はかわいいもの、アニメが好きなのだと説明したらしいが、確かに、外国のチラシというのは写真を中心にした大人っぽいものが主だ。仕事でデザインをしていた時はテンプレートというのはほぼ外国のテものが多かった。奇抜な配置と美しい洗練された写真。
その課題は本チラシに引き継ぐことにしよう。
特設ホームページ、チケット販売サイト、練習。やることは山積みだ。
とにかくお客さんを溢れさせたい。 -
オリンピックにコンサートをするとしたら、やりたいこと。
これは何度も以前からドンに言っていたが、変わらずに反対され続けている。
理由のひとつは、
人の賛同を得られないこと
ひとつは
やっても面白くないこと
それは「君が代」を歌うことだ。
ドンは仕事上で、それ(国家斉唱)を嫌う人が周囲にいるらしい。なぜ、この時に歌う必要があるかという。しかし、この時に歌わずしていつ歌うんだと思う。
開会式前日と閉会式の次の日のコンサート。オリンピック開催国でその国歌を歌って何が悪いのだ。この時だからこそ歌うのだ。私はオリンピックで金メダルをとる才能がない。だから、一生に一度のコンサートで歌うのだ。
といいつつ、自分でも座布団が飛んできたらどうしようと思うが、歌が下手だから投げられたなら土下座もしよう。
世界で一番短い国歌。
しかし、これが盛り上がらない歌なのだ。アメリカの国歌のように胸に手を当てて青空を見上げれば皆が声をそろえて合唱するという姿も似合うが、日本の国歌で同じことをすると、戦争が始まる!と座布団が飛んでくる。
だが、私は秘策を思いついた。それはずっと前から構想にあるのだが、実際どうなるものか実験をすることができなかった。マックのガレージバンドをつかって、音を重ねるなど、背伸びをして考えたが、ついにたまりかねて、いつもの一人多重録音をした。
これはいける。
日本の国歌を聴いて純粋に音楽として感動できるかもしれない。そして一緒に歌いたくなる秘策。
必要なのは、せめて6人程度の音感のいいコーラス隊。
ドンが何を言ってもやりたい。 -
気になってたまらない相手というのがいる。
それは好きだからという場合と、嫌いだからだという場合がある。そういった二つのタイプの相手が、自分にとってどういう意味を持っているかということについて、”ピン” とくる説明を聞いた。
好きな人についてはネットですごくアクセスがあるヒーラーの動画で聞き、そして、嫌いな人については自己啓発本から読んだ。
気になってたまらない人というのは、好きであれ、嫌いであれ、ほとんど通り過ぎてゆく、自分を取り囲んでいる沢山の人の中で特別な存在である。その人のことを考えると幸せになるか不幸になるかの違いで、気になるということに違いはない。
こういう相手は自分の中の何を教えてくれているのか。
嫌いな人について。これは、自分の中にあり、自分でそれを嫌悪し許せないと思っている一面を持っている人だとのこと。
好きな人について。これは、自分の中にあるけれど、まだ花開いていない一面を花開かせている人だという。
どちらにしても、私は納得できるし、希望を持てる説明だ。
自分が変わっていけば、周囲も変わるという。好きな人も嫌いな人も変わってゆく。それは相手が変わったのではなく、自分の世界が変わったということ。
好きな人・嫌いな人について説明したのが誰なのか、正確にはちょっとわからくなってしまった。今世の中は権利がうるさい。誰が言った言葉なのか、ちゃんとここに書かなくてはならないのかもしれない。
けれども、この沢山の情報の洪水の中で、時々自分にぐっとヒットする言葉。これは、結局自分の中にあり、自分が知っているものにぶつかっただけではないかと思う。
いかにもよさそうな自己啓発の本などある。読んでみるとちょっと元気はでても、ちっとも心に残らない。言っていることは正しいのかもしれないけれど、自分の経験から実感できなければ結局は通り過ぎていくだけの言葉たち。
宗教など、人はそれぞれ自分がいいと反応したものを信じている。これも結局は自分の持っている花開いていない一面を花開かせてくれるものに反応し、選んでいるのではないかと思う。
結局世界の中心は自分。宗教戦争というものがあるが、宗教の教えを守るため、自分を捨てて戦っているように見えて、実は自分の知っている世界が一番だという考えから戦っているのであって、本当は大義名分などないのかもしれない。 -
中さんもドンも姉も後援をもらった方がいいというので、この数日、毎日規約やら名簿やら予算の作成をしている。
「日本の音色実行委員会」
要するに私財でやるんだが、形だけでも必要だとのこと。
なんだか、日がたつのが速い。パソコンの前にいると寝落ちしそうになり、脳みそが痺れてくる。
こんなことばかりやっているうちに、当日がきそうな気がする。
音楽はほっぽらかし。たった一人のお客さん集め。
そして、自分が人に見せるほどの芸があったのか、そう思えたことが不思議になってくる。
最近フェイスブックやYouTubeなどで、多芸な人たちのしゃれたライブや垢抜けた演奏を見るにつけても、自分がよりによって、こんな人たちでもやらない、大ホールを借りていることを思いぼんやりする。
一番、盛り上がった四季の全盛期の20周年、沢山いたGAKUDAN四季のメンバーは今は7人ぐらいになってしまった。
今いるメンバーもドンが休んだら、誰も来ないような状況。
すっかり四季を見放している元メンバーをまた誘った方がいいだろうか。会場は恐ろしく大きいのに、それをやろうという気持ちになれない。声をかけた人もいるが、返事もない。
だんだん寒くなり、年末は近づいてくる。来年の夏はあっという間にやってくるだろう。
私は祈る。”時間よ止まれ。” -
昨日、舞台監督中さん、司会を頼む予定の芝居仲間赤さんとドンで、結団式、と自分だけ密かに呼ぶ結団式を行う。
ドンは、私が参加を頼むことを予定していた数名に関して誘うべきでないという。私情を挟まずないこと。基本的に、参加したくない人は入れないでいいと。
それはあたりまえのように聞こえるが、私は、参加を渋るメンバーも、頭を下げて、一番実力を発揮できると思える出し物をやってもらい、最高の力を発揮する姿を見たいという気持ちがある。内弁慶な自分が客観的な目を曇らせているのかもしれない。
私は、最初は、自分のいいと思うものだけをやる!と豪語してはじめ、だからこそ参加費は徴収しない。しかし、結局、義理やボランティア精神が首をもたげてくる。そして、結局は、内容について正直に言って、本当にいいと思う内容か。そうでもない。
自分はいったいどうしたいのか。結局はそこだ。周りの人はすべて私を助けてくれようと参加しているのだから。
はなしの中で、チケットバックの話になった。
私が考えているのは、各団体に1万円払う代わりに千円のチケット一枚に対し、10パーセント、100円のバックの方が集客につながるということだった。
ドンは100円じゃモチベーション上がらないという。1枚につき200円。それを聞いた私は、1800人のキャパのホールを一人で資金調達するのに、たった一つの収入源であるチケット代のバックが20パーセントなんて多すぎると腹を立てた。すでに満員でも赤字の金額になっているというのに。
そして中さんにその話をしたら、50パーセントチケットバックするべきだという。
私は唖然とするのだった。 -
9月になった。
会社を辞めて2か月。コンサートの会場をとり、仮チラシとプログラム案と企画書ができているが、まだ決定ではない。
わくわくしているか?
いや、していない。
時々、九月末までなら、キャンセルしてもお金は戻ってくるという考えが浮上する。
昨日はインドのプレム・ラワット(マハラジ)のビデオ会を本当に久しぶりに姉と見に行く。半分以上居眠りをしていて内容はほとんど頭に入っていない。
自分を知りなさい。と彼は言った。
それが、私に対しての応援にも非難にも聞こえてしまう。
仮に作ったプログラム。面白いのかどうかわからない。最初は私のいいと思うものを並べることでどこかに統一感が生まれるような気がしていた。
気が付いてみると、自分自身が演奏したかったものがあったんだろうかという気持ちになっていた。
人に聴かせてもいいと思ってもらえるような気がしていた曲たちは、舞台が大きいため、子供だましだと言われひっこめたり、邪道だけれども私が歌うならばいいと自分で思えていた曲は、私よりは正統な人にゆずり、一年W氏に所沢まで習いに行こうとしていた民謡の練習は目的を失っている。
よく考えると、漠然と夢見ていた計画では、KATEBUSHのハローアースというグローバルな曲を一曲だけ英語でうたおうとか、かごめのオリジナル編曲で、皆でエキサイティングな私流のかごめ協奏曲をやる絵が浮かんでいた。
自分がいいと思う音楽をやり、自力だけで大きなコンサートはできないので、本筋の間に自分がいいと思える仲間の曲を入れて仲間にもいい演奏をしてもらいたかった。
人は自分の思い通りには動いてくれないぜ、とドンの口から出たけれど、誰かに言われるのを待っていたような一言が何度も去来し、そして、人に頼むのが苦手な私がいて、いまの私は、音楽にかける気持ちよりも、払うべき謝礼や、お客さんを呼ぶための方法で頭がいっぱいで、コンサートの内容自体は、古臭く、無難で、私が退屈していた今までの日常の発表のようになってしまっている。でも、どこかで自分はこうなるのではないかという予感がしていた。思うとおりに実現するという言葉のとおりかもしれない。
昨日は姉の、ジブリが世界的には受けるのでは、という話に心を動かされた。全く好きでもないジブリ。つい、「私はブラスバンドとかが今流行っている曲を演奏したりしているのを聴いて、ちっともいいと思えないんだよ。」と正直なことを言うと、姉は「人の好みは人によって全然違うからね。」と言われた。こういったやりとりは子供のころから姉との間にあったっけ。
そうか。外国人が喜ぶというコンセプトがあったな。
すっかり弱気な私である。砂山やふるさとを削り、ドンの得意なジブリを入れようかという気になってきた。自分の編曲で生まれ変わった砂山とふるさと。これなら無理せずできる、が、演奏だけ聞かせる自信がなく、結局、みんなで歌おうコーナーにしてしまったもの。
これを削ったら、あれ、自分は何をやるんだっけ。とちょっと思い出せない。脳みそがまた痺れている。自分がぼけかかっているような気がする。
さて、今日は何をやるんだっけ。就職活動はやめてしまった。一年間の失業保険ぐらし。今私を支える力は、これをやめたら、また、白黒の人生しかないという気持ち。やり始めたことを続けなくてはという気持ち。空想が呼ぶ力ではなく、空想が後ろから自動的に押してくる力。
ふと、今思い出した。居眠りしている間にマハラジが、自分を知りなさい。というほかに言った一言。
「あなたは強い。あなたは種です。そして雨は必ず降る。芽をだしなさい。」 -
先日、予算のことで相談した際、ドンが言った。
「どうせ頼まないといけないなら、早く舞台監督に声かけたほうがいいよ。」
丁度その日の昼、せっぱつまっていたので、自分でもそう考えていたところだった。
何にせっぱつまったかというと、この二日にわたり、グリーンホールとくすのきホールの設備課に、素人の知識で何度かに分けて電話しているが、結局わからないことばかりなのだ。
素人主催者の私にとって、舞台スタッフの口ぶりは威圧的に聞こえた。
もちは餅屋。専門家程頼りになるものはない。そういうわけで、中さんに今日連絡する。
中さんは、18で調布の劇団に入った時に知り合った。芝居とお酒をこよなく愛する人だ。30年の間、ほんの数回、連絡していたが、何十年ぶりに昨年、小泉八雲の怪談という朗読と音曲の公演をドンが企画したとき、私がドンに紹介し、立派に舞台監督を務めあげてくれた。舞台で困ったらこの人だと密かに決めている。
仕事はすぐやめてしまう人だが、芝居となると目の色が変わり、こんなに頼れる人はいない。
中さんは言った。
「とにかく、お前が出会ってきた人とやりたいわけね。俺なら、最初にナレーションを入れるね。「私が最初に出会った人。」とかってね。」
私はくすっと笑って
「さすが、演劇的ですね。」
「俺がやるとそうなっちゃうんだよ。」
言葉和やかだが、中さんはすぐに「俺に企画任せてくれ。Kとかみさんに照明頼んでやるよ。お金のことは気にするな。」
熱いのである。とにかく、舞台が大好きな人。それだけで頼りになる。
中さんと話して初めて、自分の中に「わくわく」が生まれるのを感じた。
「わくわく」さえやってくれば成功不成功を心配する気持ちはどこかに消えてしまう。
それだけでも彼にありがとうと言いたかった。