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だから、私はコンサートをすることにした。

2019年、7月、会社を辞め、オリンピック開会式前日の2020年7月23日、調布グリーンホール。 オリンピック閉会式翌日の2020年8月10日調布たづくりホール確保した。 そして2020年3月24日オリンピック延期。新型ウィルスによる集会禁止。 一生に一度の地元のオリンピックで、外国から来た方に日本の音色でおもてなしをするという企画が、未曽有の事態によって、違う方向へ。 いつも最悪に見える人生のタイミング。運命は自分にいったい何を教えようとしているのか。 たった一人の音楽パートナードンとドンキホーテのように無鉄砲な企画に立ち向かう名もなき車いす。空を飛べるか。

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日本人らしさ
最近、コンサートのことで、にわか作りの主催者である私は少々叩かれている。

歌おうと思っている君が代について、その編曲について、儀礼について、有料公演をすることについて、芸能についてなど。

最もだと思うこともあれば、それが正しいとは一概には言えないと思うこともある。落ち込んだり、腹が立ったりすることもあるが、こうやって、ひきこもっている場所から出てきて、人と関わり始めたから起こるジレンマは、有難いと受け入れるべきなんだろう。

試行錯誤だ。

私は長いものに巻かれるタイプで、非難されると萎縮するし、人の反応にびくびくするタイプだ。今までの人生で何かを変えたこともなく、まるで、電車の風景のように世の中を見ながら通り過ぎてきた。

そんな私でも、いろいろ政治や宗教や信条みたいなことについて熱く語ったり、闘ったりすることもあった。

そんな時に気づくのは、自分がこだわっていることに関して熱く語っているとき、自分の顔は目がつりあがり、冷静でなくなっていて、それを非難されたとき、言葉に出さずとも「自分が正しい」という気持ちで、その人の考えだけでなく、その人自身に対しても攻撃的になってしまう。

そんなときは、「あ、これは日本人らしくない。」から、やめようと思う。日本人はたぶん、そういうことが嫌いだから、政治や宗教などの話はお互いにしない。皆が人と戦わないように気を付けている大人だらけだ。

日本人は人を非難するよりは謝っている方が気持ちが楽になる。非難を言葉に出すと、すぐに自分の心の中を振り返ってしまうからだ。振り返ってしまうと、その人に石を投げることはできなくなる。

謝るだけでは済まず、自殺する人も多い。最近は、「空気を察して世の中に迷惑をかけないようにしなくてはいけない世間」の息苦しさに疲れたのか、ひきこもりが増えていると聞く。

私ぐらいの世代で親がまだ健在の人たちが、家から一歩も出なくなったり、心を病んだりしている

日本の神社には何の神仏の像もないが、鳥居だけがあり、どんなひとも迎え入れる。そして、祭壇に何があるか。鏡だ。

迎え入れ、受け入れることも大事。でも、一番大切なのは自分自身かもしれない。

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