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だから、私はコンサートをすることにした。

2019年、7月、会社を辞め、オリンピック開会式前日の2020年7月23日、調布グリーンホール。 オリンピック閉会式翌日の2020年8月10日調布たづくりホール確保した。 そして2020年3月24日オリンピック延期。新型ウィルスによる集会禁止。 一生に一度の地元のオリンピックで、外国から来た方に日本の音色でおもてなしをするという企画が、未曽有の事態によって、違う方向へ。 いつも最悪に見える人生のタイミング。運命は自分にいったい何を教えようとしているのか。 たった一人の音楽パートナードンとドンキホーテのように無鉄砲な企画に立ち向かう名もなき車いす。空を飛べるか。

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やりたいことがない
昔から、したいことがなかった。子供の頃から、自分は将来、筵を引きずっているのではないかと恐れていた。結婚したりする普通の幸せは想像できなかった。

中学ぐらいのときは、無気力無感動無関心で悩んでいた。ほんのまれに、健康的な問題意識がおこって、精神科にいってみようかと思うときがあったがその気持ちは長続きせず、そのまま高校に通った。

ほんの少し、俳優の演技の真似をこっそりするのが自分は好きだなあと思った。私ならこんな演技をする、と想像して涙を流したりする。

それで、演劇の専門学校にいき、劇団にはいったが、対人関係が苦手で、途中で生理がなくなったり、三年間斜頸になったり、過食症になった。、宗教にはまったり、しまいには酒を飲み過ぎ車イスになった。

色々あったが、真面目に仕事をして、10年同じ会社に通い、取りあえず、人に慣れた頃、生きているのか死んでいるのかわからない気持ちになって会社をやめた。

職業訓練校一年やって、学生時代をやり直せるのではないかとおもった。でも丸裸になってみれば、40代になってもやはり上手く人とやれなかった。

デザインの会社にひとつ受かり、一年三ヶ月で、気力つきてやめる。

車イス50女性。

生きているか死んでいるかわからないから、お金をはたいてコンサートをする。一生にいちどの、東京オリンピックで。

今、私には音楽パートナーのドンがいる。いつまでいっしょにやれるかわからないが、

ドンは私のできない、人を動かすことができる。私にない底抜けに明るい人への信頼と、恐ろしいほどの行動力がある。

私は黙々とことをすすめている。義務のようだ。夢や希望というより、低くギシギシいうエンジン音をならしながら、這うように進んでいる。

きょう7月の会場はとれなかった。3人に協力を頼んだが、倍率は四倍。

8月にかけてみよう。
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